◇前編1
今更ながら、失敗だったと思う。彼女があれだけ怒るのも無理はない。
ロドリグは深い息を吐いた。そして、ひりひりする頬をさする。
「どうしましょう……」
自分をフォローする言葉がひとつも出てこない現状は、ただただ彼を悩ませた。
* * *
彼女――――マリアンヌとそれ を約束したのは週末だった。連休の前日、仕事終わりにマリアンヌが近付いて来たのがはじまりだ。
「ねーねーエリオットさん、明日暇?」
何か期待しているような眼差しを受け、ロドリグは柔らかく微笑んだ。
「暇ですよ。どうしました?」
「ほんと? じゃあ明日朝10時にうちに来て。あ、出かけるからちゃんとしてくるんだからね。あたしが作ったやつ着てくんならパジャマでもいいけど」
むしろそっちを希望していそうな爛々とした眼差しにロドリグは微苦笑を浮かべる。
「ちゃんとしていきますよ。10時ですね? 分かりました」
いつもは休日なんて関係なく働いている。しかし働きづめなのを周りが気遣ってくれて明日からの5日間は久しぶりにまともな休みが取れることになったのだ。年の瀬の迫る忙しい時期なので何度も断ったのだが、実習生にまで「どうぞお休みください」と言われてしまい結局休みを取ることになった。
だが忙しいのが普通になってくると「欲しい」と思った休日もいざそうなると使い方を忘れてしまう。何をして過ごそうかと迷っていたところだったので、今回のマリアンヌの誘いは大変ありがたかった。
そのあと指きりまでさせられたこの約束を交わしたのは昨日の昼前のこと。しかし、そのあとの出来事がこの惨事を招くことになる。
「――――まさか、あのあと急患が5件も続くなんて思ってもみませんでした……」
午後に入って2件。落ち着く間も無く続けて3件。気が付けば時間は翌日の午前4時。さすがに体力の限界が来て仮眠室で休んだのは午前5時。そして目が覚めたら時計が指すのは午後2時過ぎ。およそ9時間も寝てしまった。その時間の経ちように意識が飛んだのは数秒。
「ななな、何で誰も起こしてくれなかったんですか?! というかこのベッドは? それにこの快眠グッズの数々は一体!?」
その身があるのは仮眠室用の質素なベッドではなくどこからか持ち込んだのかふかふかの大きいベッドの上。かかっていた毛布は仮眠室のごわごわしたものではなく羽毛の柔らかさを誇る高級品。枕だって低反発。
さらに周りには寝る前にはなかったはずのアロマや音楽という勢ぞろい具合。
これで驚くなと言う方が無理である。
困惑どころか驚愕しているロドリグの問いかけに、仮眠室用の質素なベッドの上に腰かけコーヒーを飲んでいた若い青年が誇らしげに答えた。
「皆で持ってきたんです。エリオット中佐には皆お世話になってるし、お疲れだったので。それに『連休はありがたいんですが何をしてましょうね』って言ってましたよね? 用事がないなら寝かせてあげようって話になったんです」
「あ、ありがたいんですけどそれは昨日の午前中までの話で……ああ! 約束がっ!!」
しわくちゃの服と寝癖のついた髪を直している時間すらないのにここで説明をしている時間なんてもっとない。ロドリグはベッドから飛び降りると一目散に仮眠室を飛び出した。この時しっかり礼を言っていく辺りが彼らしい。
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