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◇おまけ その1


 時間遅れでロダー家に着いたルイスとエリザベスは、迎えてくれた金髪碧眼のメイド――ミリーに招かれ会場となっている部屋に足を踏み入れ、そのあまりの状態に絶句した。
 
 おそらくマリアンヌ手製と思われるドレス等々を身につけた一同が上着をはがれ髪を乱したレオンを取り囲んでおり、辺りはめちゃくちゃになっている。ちなみに今は、普段の彼女では着ないようなドレスをまとったジュリアとレオンが縄と鞘に納まったままの剣を絡ませ膠着(こうちゃく)状態になっていた。
 
「……どういう状況だこれは」
 
 マリアンヌ主催ということなのでかなり大騒ぎになっているとは思っていたがここまでとは予想もしていなかったエリザベスが呆れを口にすると、質問と取ったミリーが手早く解説を始める。
 
「皆様ゲームをなさっていて、ビリの方はお嬢様作の衣装をまとっていただくということになっておりました。しかしベルモンドさんが負けたにもかかわらずあのようにご抵抗なされて今に至ります」
 
 やれやれと呆れた様子を見せるミリーにルイスは乾いた笑いをこぼした。かの陸軍中佐殿はマリアンヌの被害に会う機会が全くと言っていいほどないので抵抗もまたひどい。対マリアンヌ講座をしっかり受けて置けばよかったのに。迷う余地なくそう考えている自分がすっかり負け犬側に立っていることに本人は気付いていない。
 
「ナディカさん、ヴォネガさん」
 
 戦闘区域を眺めていると、脇から無事な姿のロドリグが声をかけてくる。
 
「エリオットか。久しぶりだな。……お前は無事か。珍しいな」
 
「お久しぶりです。……真剣に勝ってきましたので。ちょっと待っててくださいね。――みなさん、ナディカさんとヴォネガさんが着ましたよ。一旦やめてください」
 
 口元に手を手エリオットが大きな声で呼びかけると、騒然とした空気が一瞬でぴたりとやみ、いくつもの視線がその二人に向けられた。
 
 最初に反応を示したのはマリアンヌで、彼女は表情を輝かせると一目散に駆け出しエリザベスに抱きつく。
 
「リズさぁぁん! やっと来たやっと来た! もぅ遅いよぉ。こんな日ぐらい仕事休めばいいのに。肌ボロボロじゃん。あーっ、あたしの服じゃない!! 着る時間もなかったの? じゃあちょっと来てっ!!」
 
 息もつかせぬスーパーハイテンションモード(+酒)のマリアンヌは返事も聞かずにエリザベスの腕を引き部屋を飛び出した。またも部屋中がシンとする。
 
「あ、と。すみませんミリーさん。とっさで手が出なくて」
 
 脳がようやく状況を理解したルイスがまず行ったのはミリーへの謝罪だった。実は今マリアンヌが飛びついた時エリザベスは体勢を崩し倒れかけたのだ。しかしルイスもロドリグも反射的には手が出ず、代わりに支えたのがミリーだった。彼女のおかげで二人は倒れずに済んだ。
 
 謝罪を言い渡されると、ミリーはにっこりと鮮やかに微笑んだ。
 
「お気遣いなく。この程度(・・・・)なんてことありませんので」
 
 ホホホと軽やかに笑うミリーの台詞を謙遜と受け取ったルイスと嫌味と受け取ったロドリグの表情は160度ほど違っている。こんな時は彼女(・・)の素顔を知らないルイスが羨ましく思えた。
 
「さてと、お嬢様たちがいらっしゃる前に少し片付けておきましょうか。皆様はこちらで一息お入れになってくださいまし」
 
 ミリーが両手を数度叩き合わせると、どこに控えていたのかメイドが何人か部屋に入って来ててきぱきと乱闘の名残を消していく。その間ようやく一息ついた一同はミリーに促されるままに唯一無事な窓側のスペースでワインやジュースに口をつけた。先ほどまでロドリグがいた所だ。
 
「来られてよかったですねルイスさん。はいワイン」
 
「ありがとうございますトマス君。……ところで君その格好――」
 
 差し出されたワインを受け取ったルイスは平然と女装しているトマスに呆れと尊敬の入り混じった眼差しを向ける。
 
 「バツゲームっす。ちなみに3着目です」
 
 ビッと3本の指を立てた右手を突き出してくるトマスはあっけらかんと笑っていて悲壮感のかけらもない。これはもう生来の性格の差という他ないとルイスは改めて実感した。こんなに開き直るのことは自分には出来ない。
 
「おいこら」
 
 受け取ったワインに口をつけようとすると、突然背後から肩を組まれ――否、腕で首を締め上げられる。今回のメンバーの中、こんな粗野な真似をするのは一人しかいない。
 
「もっと早く来やがれこの野郎! こういうのはテメェの役目だろうがっっ」
 
「そっ、そんな役目ごめんですよ! っていうか苦しいですから離してくださいっ」
 
 犯人は言わずもがなレオンだ。ようやくマリアンヌの魔の手から逃れたものの相当なストレスがたまったらしくその手に加減は足りていない。彼にこうも力を込められてはどうもがいても逃れられないうえに痛いし苦しい。漂ってくる酒の匂いに軽く酔っていることもすぐに知れた。
 
 言っても聞かない酔っ払い相手にいっそ蹴ってやろうかと物騒な決意が固まりだしたその時、予想外の救世主が現れる。
 
「必殺身代わりの術~」
 
「へ」
 
「ほえ?」
 
 気の抜けた声がしたかと思うとルイスの視界が急に変わった。それまで束縛を受けていたレオンの腕は外れ、目の前にはジュリアが立っている。
 
 一体何が起こったのか。恐る恐る振り向くと、同じくぽかんとしているレオンと目が合った。そして、その腕の中に自分の代わりに収まっている人物を目に映す。それはレオンと同じ髪と目の色をしたひとりの少女――。
 



「ふ、ふええええっ!?」
 
 ようやく自分がどこにいるのか理解した少女―――リーナは、間近に見る最愛の兄の顔とかなり久しぶり(幼年期以来)に抱きしめられた腕の温かさに見る見るうちに顔を赤くして悲鳴とも歓声ともつかない声を上げる。同時にオーバーヒートしたのかふらりと後ろによろけた。
 
「うおっ!? しっかりしろこら! リー? おーいっ」
 
 よろけた時点でレオンがしっかり抱きとめたものの、リーナはすっかりのぼせ上がってしまっている。しかし表情は至福そのもので、耳を澄ませば「兄上がこんなに近くに、兄上がこんなに近くに……」と呟いているのが聞こえてきた。
 
「あはは~、妹君にはちょっと刺激が強すぎたかなぁ」
 
 そんなベルモンド兄妹の様を見て、この騒ぎの原因とも呼べる主はけらけらとお気楽に笑っている。酒を飲んでいるせいかいつもよりも声のトーンが高い。
 
「キャ、キャロルさん。助かりましたけど今何を……?」
 
 我が身に起こったことのはずなのに何があったかまるで分からなかった。答えを期待するが、対するロベッタはひどくあっさりこう言った。
 
「え? 入れ替えただけだよ」
 
 何を当然なことをと言うように簡単に言い捨てる彼に、ルイスはそれ以上問うのをやめる。この人は昔からこういう人だ。多分明確な説明は期待出来ないだろう。
 
「それにしても、君とリズが一緒にいる所は久しぶりに見たなぁ」
 
 やけに嬉しそうに笑うロベッタ。決して責められているわけではないが、ほんの少しだけ気まずくなった。
 
 ルイスがこうしてエリゼベスと顔を合わせ、言葉を交わすのは本当に久しぶりだ。艦を離れ、こちらで再会を果たしてからもしばらくやりとりがなかった。それというのも全ては、再会する以前までの記憶の最後にあったのが、彼女が軍を辞めるとひとりで決めていたことを知った頃の喧嘩のようなやり取りであったからかもしれない。笑顔をかわしたのはそれより前で、退役が実際のものになる頃には喧嘩のようなやり取りさえなくなっていた。彼女が退役の日など顔すら合わせなかった。そのくせ、その後半年はずっと落ち込んでしまっていた。
 
 馬鹿馬鹿しいと、今の自分ならあの時より冷静にそう思える。今でも納得出来てはいないけど、あの時のように、子供のように怒り任せに拗ねることはしなくなった。もしかしたらそれは彼女の元を離れ、それまでとは違う世界を見るようになったからかもしれない。
 
だからきっと、あの場所で彼女を待ちたいと思った。来ないかもしれないと思いながら、それでも彼女を待ちたくなった。
 
「――やっぱり、君たちには並んでいて欲しいなぁ」
 
 彼らしくないどこか寂しげな笑顔でぼそりとロベッタが口にした呟きは軽く昔日にひたっているルイスには届いていない。その代わりにその呟きが聞こえていたジュリアは一瞬だけ上司に目をやり、何も言わずにその双眸を俯ける。




 










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