◇終話
それから数年経ち、看護学校を卒業。すぐにミネルヴァの搭乗員となり海軍の一員となった。そしてついこの間、『彼』の面影のある少年――――水兵さんが同じくミネルヴァの搭乗員となった。
顔かたちが似ているわけでも、声が似ているわけでも、性格が似ているわけでもない。ただ、誇らしげな金髪が。ただ、深い碧眼が。在りし日の姿を思い起こすから――――。
だから、ついつい少女の格好をさせてしまう。そうすると、久しく会えないでいる『彼女』が側にいるような気がするから。
トントン
控えめなノックの音。
いつしか止まっていた手に目をやってから、扉に向かって返事をした。そろそろと入ってきたのは水兵さん。どうしたの、と尋ねると客だと告げられた。それはまたこんな所までご苦労なことだ。
「誰?」
見当もつかない訪問者の素性を尋ねるが、水兵さんは眉を困ったように寄せてかすかに首を振った。どうやら知らないらしい。
「……えっと、金髪で、碧眼の、綺麗な人だったよ……」
彼なりの精一杯の努力を以って特徴を挙げてくれた。
それは彼にも当てはまる外様。どこにでもある形容詞。
それでも、つい先ほどまでその人物を思い出していた身としてはそれで十分だった。礼も半ばに部屋を飛び出す。持っていた繕い物は水兵さん押し付けた気がする。定かでないのは気持ちばかり外へ先走っていたから。
心臓がひどく高鳴っている。
きっと周りから見たらとんでもない形相で走っているに違いない。けど構わなかった。
違うという不安は一切ない。あるのは間違いないという確信。
通路を飛び出す。
吹き抜けた潮風が髪を煽った。一度目を瞑ってから、開く。
視界に入ったのは人々に囲まれているたおやかな白い花。「彼女」は音に気付いたのか上を見上げ、微笑んだ。変わらない笑顔が向けられ、ジワリと涙が浮かぶ。
その人は
柔らかいスカートをはためかせ
金色の綺麗な髪を揺らし
蒼い双眸を細め
愛らしく微笑む。
そして言うの――――
「マリアンヌお嬢様!」
初めて会った時と同じ声が、変わらない声音で呼んでくる。
高いことなんて気にせずに、「彼女」が差し出してくれている手に向かって飛び降りる。悲鳴を上げたのは艦の仲間達。だが心配は無用。『彼』は絶対揺るがない。確信しているから、恐れはない。
風に切られて涙が後ろに流れて消えていく。
「ミリーーッ!!」
『私はマリアンヌお嬢様が大好きですよ』
って――――。
◇おまけ
ミリアルドはあの後村とその土地を買い取り自治権を手にしたという。そして今は、なぜかまた、ロダー家に仕えているらしい。もちろん、『ミリー・グッドナイト』として……。
理由を尋ねると、再び働いているのは村の維持費のためだという。また「ミリー」になったのは、一度雇われたみであれば雇ってもらいやすいかららしい。
驚いたことに、その際口を利いてくれたのはソフィアだという。味方してくれていることに間違いない上にさりげなくフォローしてくれているのだとも言う。今回もマリアンヌをずっと気にしていた『ミリー』をどうでもよい用事を言いつけてここまで来させてくれたのも彼女らしい。
ともすれば『ミリー』が男であると気付いているかもしれない老婆の考えは今でも図ることが出来ない。
ちなみに『ミリー』が艦でのマリアンヌの在り方を見て述べた感想は
「お嬢様、ご立派になられて……っ!」
と、感激した一言。
ずれた発言に艦員一同が力が抜けてしまったのはまた別のお話。