◇後編1
大型連休2日目、エリオット家別邸の昼時は珍しく騒がしい。
「クリスマスパーティですか?」
ルイスはロドリグ手製の昼食を食べながら、彼から提案されたことをそのまま鸚鵡 返しする。テーブルの向こうで紅茶を入れていたロドリグはそれに笑顔で答えた。
「はい。マリアンヌが皆で、と。ロダー家のお屋敷が会場になるみたいですよ」
ことの始まりは昨日の遅刻なのだが、少々話しづらいのもありロドリグはそのことは秘したままマリアンヌの提案だけを昼食に招いたルイスとレオンにそのまま話す。一方内情を知らないルイスは、自分用に辛口にしてもらったパスタを頬張り上機嫌なのをそのままに頷いた。
「マリアンヌは言いそうですね。艦にいた頃からそういうイベントごとには細かかったですし。僕は大丈夫ですよ」
久々に丸ごと取れた大型連休と言ってもやることは大体普段出来ない読書や二度寝三度寝くらいだ。何かやることがある時はそうでもないが、少なくとも今回の連休はそうなる。あまり関心があるわけではないがイベントごとがあるならいい暇つぶしになるだろう。
ルイスが参加表明をするとロドリグはほっとした様子で表情を緩めた。しかしその直後、ルイスの横でガツガツと食事に熱中していたレオンがその表情を再び固くさせる。
「俺は行かん」
あっさりと言ってのけるレオンをルイスは呆れた眼差しを向けた。
「……中佐、少しは空気読んだらどうです? ご飯までご馳走になってるのに。どうせあなたも暇でしょう?」
「どうせ言うな! 明日は用事が……ごほっ。いや、用事じゃない! 断じて用事なんかない。飯食わせてくれたのは感謝するがそれは話が別だ。俺は行かん」
「そんなこと言わないで行きましょうよ兄上ー!」
「どわぁ!?」
扉を開け放つや猛烈な勢いで飛び込んできてレオンに飛びつく少女の影ひとつ。レオンはその勢いに負け少女ごと椅子から落ちてしまう。咄嗟 のことであるのにしっかり彼女を支え床に着かないようにしていることに傍 から見ていたルイスは感心し、実際に体感した少女は赤い瞳を潤ませ感激したように両手を組んでレオンを見つめる。
「あああ兄上ぇぇ、私のこと守ってくれたんですね。嬉しいですぅぅ! 兄上のご活躍でリーは怪我ひとつしてませんよ!」
「抱きつくな! 下りろリーッ!!」
ぎゃあぎゃあと叫ぶ2人の姿に、相変わらず元気な兄妹だとルイスは笑顔で息を吐いた。
飛び込んできた影はレオンと全く同じ色彩の髪と目をしているが顔つきは大変柔和である。彼女はレオンの妹リーナ・ベルモンド。陸軍所属の兄上至上主義 娘だ。
今日は兄ともどもロドリグの招待を受けてエリオット家別邸に訪れており、来たのが早かったので先ほどまでは別室で本を読んでいた。支度が出来たと呼んだ時ちょうど物語がいいところだったらしく、後から行くと言われて約20分。どうやら今の今まで読んでいたようだ。
本を読んで遅れるというのは彼女にはよくある。貴族の娘にしては少々はしたないが、自宅を離れている間くらいはとロドリグもルイスも容認している。ちなみに実の兄はあまり興味がないらしく特別何か言うこともない。
「兄上、私の買い物付き合ってくださるのは午前だけでいいです。だから午後は皆さんとパーティしましょう? ね?」
「だああああっ、黙れリーッ!!」
上半身を跳ね起こし、両手を握り合わせて「お願いしてくる」妹の口を即座に塞ぐレオン。真っ赤になる彼を見下ろし、ルイスはふっと馬鹿にしたような笑みを一瞬だけ浮かべると紳士的な笑顔をリーナに向ける。
「ああ、用事ってリーナさんとデートでしたか」
「やだヴォネガさん! そうなんですよ。駄目元でお誘いしたら『行ってやる』って言ってくださって」
口を塞いでいた兄の手を掴んで剥がすとリーナは頬を上気させてルイスの納得を肯定した。その間も兄の手を放さないのが彼女らしい。
「お前が断っても断っても断ってもしつこく頼んでくるからだろうがっ。最終的に泣き落としまで使いやがって……っ。っていうかお前も何ださっきの含み笑いは! 言いたいことがあるなら言えっっ!!」
火山のように怒りを露にしてレオンはリーナの手を振り払い指をルイスに突きつける。悠々とパスタを口に運んでいたルイスは先ほどと同じ笑みを浮かべ彼から目を逸らした。
「いえいえ何も? 陸軍中佐殿ともあろう方が妹君振り回されておいでとはなんて微塵も思ってないですよ?」
「しっかり思ってるじゃねぇか……。テメェ一昨日書類ぶちまけたのまだ根に持ってやがんな」
思い起こすは2日前。連休前ということで仕事を片付けるのに張り切っていたルイスの元に早々に自分の仕事を片付けわざわざ海軍司令部にまで遊び(邪魔し)に来たレオンは積んでいた書類を盛大にぶちまけてくれた。その整理のために本来なら帰れるはずだった時間にはまだ仕事をしなくてはならかったのだ。全ては迂闊な陸軍中佐殿のために。
「いいえ。これっぽっちも怒ってませんよ」
棘だらけの笑顔と返答にレオンは舌打ちして睨みつける。
「しつけぇな。ちゃんと片付けも整理も手伝ってやっただろうが!」
「そもそも中佐がぼんやり歩いてなければあんなことにならなかったんですよ!」
珍しく強気でレオンを睨み返すと、さすがに悪いと自覚していたらしくこれもまた珍しくレオンは引き下がった。机の上に積んでいたとはいえ自分の身長を越える書類を崩したのはいくら傍若無人の気のあるレオンでも反省するらしい。
ルイスは鼻を鳴らして彼から目を逸らし再びパスタを口に運ぶ。
「ええと、ベルモンドさん、リーナさんもこう仰ってますし参加しません? 何かお好きなもの作って持って行きますよ?」
ルイスとレオンの言い合いにハラハラしていたロドリグは何とか事なきを得て終了したことにほっとしながらもうひとつの問題解決に取り掛かる。食べ物で釣るなんて安い手段かと危ぶみ頭の中で別の策を練り始めるが、その必要がないことが2秒後明らかとなった。
「……好きなもの……」
安い手だがレオンは目を輝かせ本気で揺らぐ。ロドリグは内心で「それでいいのか」と思ったが結果的にはありがたいので口には出さない。
「はい。何でも言ってください」
「…………し、仕方ないな。行ってやる。言っておくが食べ物に釣られたわけじゃないからなっ」
しっかり食べ物に釣られてるじゃないか。ルイスはしっかり餌付けされているレオンとちゃっかり餌付けしているロドリグに力なく笑った。どうにもレオンはエリオット家の人間に弱い気がする。
「そういえば、参加するのって私たちの他にどなたかいらっしゃるんですか?」
ようやく落ち着いて自席に戻ってサラダを手につけたリーナが問いかけると、紅茶をそれぞれに出しながらロドリグはマリアンヌに聞いた参加者をそらんじる。
「そうですね。私たちの他にはキャロルさんとラザフォードさんを招くと言ってました。あと、お姉さんもと思ってたらしいんですけど、さすがに用事があったらしくて駄目だったようです」
さもありなんな残りの参加者にルイスもサラダに手をつけて苦い顔をした。
ことあるごとに仕事の残処理手伝いのために拉致られ――――もとい、駆り(貸し)出されるので彼らにはあまりいい思い出がない。だがマリアンヌと、昔ミネルヴァの搭乗員だったパンダは特にロベッタ・キャロルを気に入っている。
それが今でも変わらない以上、彼らが呼ばれるのは予想の範囲だ。
「あとは――――返事待ちらしいんですよ」
前から計画してたので事前に都合は聞いていたらしいですよ。付け足してロドリグに笑顔を向けられ、ルイスは首を傾げる。一体誰のことだろうか。
聞いてみようかと思ったその時、廊下を慌しく――というより元気いっぱいに駆ける騒がしい音が聞こえてきた。誰だ、とは誰も問わない。別邸とはいえ名門エリオット家の中でそんな暴挙に出れるのは1人しかいない。
「こっんにっちはー! あたしさーんじょぉーう!!」
いつもより一層激しいスーパーハイテンションモードの最後の招待客をロドリグは冷静に迎えた。大人と言うべきなのか慣れていると言うべきなのか一瞬ルイスは迷う。
「ご機嫌ですねマリアンヌ。返事が来ましたか?」
「エリオットさん正解 ! しかもしかも! 参加だって。やったねっ」
踊りだしそうな上機嫌ぶりにルイスとリーナは目をぱちくりさせ、やや呆れ気味のレオンは頬杖をつきながらそのマリアンヌに声をかけた。
「おい、誰が来んだ?」
マリアンヌのテンションが上がりやすいのはすでに学んでいるルイス達だが、ルイスにしても久しぶりだし、レオンとリーナはこれほどの状態は初めてだ。レオンはわざわざ自分が訊かなくても、とは思ったが気になったのは事実なので他2人より比較的落ち着いていたため代表してその原因を尋ねる。
マリアンヌは太陽のような明るい笑顔で持っていた手紙を誇らしげに開いて皆に向けて見せ付けた。そこには「参加する」という類の単語が並んでいるが、結局誰なのか分からないベルモンド兄妹は疑問符が飛び散らかりそうな表情のままだ。
しかしその中でただ1人、その筆跡に覚えのあるルイスだけが目を見開いている。
忘れもしない。少し癖のあるあの字。その主。
マリアンヌはにんまり笑って大声でその主の名前を口にした。
「なーんと! 元巡洋艦ミネルヴァ艦長エリザベス・ナディカさん参加決定ーー!!」
どこから取り出したのか花びらを撒き散らすマリアンヌ。リーナの「誰ですか?」という問いも、レオンの「げっ、あの女中佐かよ」という嫌そうな声も、ロドリグの「懐かしいですね」という言葉も、今のルイスの耳には入らない。
口の中の物を飲み落とした音だけが、やけにはっきり耳の奥に響いた。
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