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◇後編3

 

  やっと開放された。大きく息を吐いたエリザベスは自室に戻り時間を改める。針はすでに9時過ぎを差していた。予想通り約束の時間は遙かに過ぎてしまっている。


 この時間ではもう終わっているか。だがマリアンヌ主催で、あの騒がしいメンバーだ。トマスもまだ帰って来ていないし、もしかしたらまだやっているかもしれない。


「――――行ってみるか。最悪顔を出すだけでもいいだろう」


 自分に言い聞かせるように今入ったばかりの扉をくぐり直す。もはや着替えている時間どころか顔を洗って化粧を直す時間もない。マリアンヌに心の中で謝りながらエリザベスは駆け出した。







 ホテルを出てすぐに馬車を拾ったエリザベスはロダー家に行くように言いつける。御者は了解を口にすると馬に鞭を打って走り出した。それからしばらくの間は黙って窓の外を見ていたが、視界にこの時期特有の光を見て思わず馬車を止めるように言ってしまう。


 言われたとおり馬車を止めた御者に「やっぱりいい」とも言えず、エリザベスは馬車を降り、そんな時間はないと分かりながらも色とりどりのまばゆい輝きを放つツリーを見上げた。久々に見たツリーの美しさに少しの間だけ見とれ、辺りを見回す。


「……よし、いないな」


 マリアンヌの性格だとここに留まってエリザベスを待つことをしてしまいそうだと危惧していたのだが、どうやらそれはなかったらしい。ロドリグか誰かが説得でもしたのだろう。安心したエリザベスはすぐに馬車に戻ろうと踵を返した。


 本当なら3時間ほど前にここで懐かしい面々と顔を合わせていたのに。そう考えると一抹の寂しさを覚えるが、ロダー家に行けば結局叶うのだから同じことだと言い聞かせて、何かに絡まるように動きを止めたがる足を動かす。


 その背に、声がかけられた。


「艦長」


 それはひどく懐かしい、けれどとても、聞き慣れた声。


 振り返ったエリザベスの視界に入ったのは寒さゆえか顔を赤くした元副官。コートとマフラーは暖かそうなのに、まるで長時間ここにいたかのようなその様子に、エリザベスはすぐにまさにその通りだということを悟る。





 彼は待っていたのだ。ずっとここで、エリザベスが来るのを。


「~~おっ」


「『お前は馬鹿か』」


 怒鳴ろうと思っていたことを先んじられエリザベスはポカンとする。その様を見てルイスは微笑んだ。


「――――ですか? 艦長が来るとも分からないのにこんな所で待ってるなんて、確かに馬鹿みたいですよね。皆にも言われました。トマス君にも、『姐さんなら直接来ますよ』って言われましたし。……でも、ここで待ちたかったんです」


 来る気がしたから。そう締めくくったルイスは覚悟したように目を瞑った。これは殴られる覚悟だなと分かってしまうのもそれを覚悟させてしまうのも過去の自分の行いのせいだろう。


 エリザベスは肩を竦めるとお望み通りと言うように拳でルイスの頭を殴りつける。しかし目を開けたルイスの表情には驚きが浮かんだ。というのも、その威力が想像していたよりもずっと弱かったため。


「艦長?」


 体調でも悪いのかと言外に含めた呼びかけ。エリザベスは呆れたような笑みを浮かべる。


「気を遣わせたのは私だからな。これで力いっぱい殴ったら単なる悪者だろうが」


 馬鹿な真似をしたと思っている。けれどその馬鹿な真似に、喜んでしまっている自分も確かにいるわけで。これはもしかしたらその照れ隠しなのかもしれない。そんな柄にもないことを考える。


「艦長らしい理由ですね」


「……それにしても、お前のその呼び方は本当に直らないな。私はもう艦長じゃないと言っているだろう」


 軍を辞めてからどれだけ経っていると思っているのか。何度言っても直らないこれは、今もどうやら同じらしい。「そうは言っても」と言いたがっているのがよく分かる。存外融通が利かない元部下に小さく息を吐き出し、エリザベスは再び歩き出した。今度の足取りはどこか軽い。


「まあいい。――――とは言っても、聖なる夜にまで仕事を持ち出すのもいかがなものかとは思うがな」


 そのせいで遅刻した自分の台詞ではないかもしれないが、そう考えてしまうのも嘘ではない。改善の見込めないことだからこそ言える文句もあると言うことだ。


「ほら、行くぞ。お前も乗れ。ロダー家に行く」


「あ、はい。――――」


 その時ルイスが口にしたことを聞いて、エリザベスは本日一番「柄にもない」感情に (とら) われた。







 その頃ロダー家の敷地内にある本邸より小さな(それでも一般家屋の10倍はありそうな)屋敷は見事などんちゃん騒ぎが繰り広げられていた。


「はいベルモンドさん (ばっつ) ゲーム決定ぇっ!! MinM冬の新作セット試着よっ」


「はあぁ!? ちょっ、ふざけんなこら! 絶対着ないからなっ!!」


「こらこら駄目だよベルモンド君。ゲームはゲームだ。さ、ルールに従わなくちゃ」


「抵抗なさるようでしたら対ヴォネガ少佐用に鍛え上げたこの捕縛術で――――」


 狩人の目になるジュリアが纏うのは胸元の大きく開いたドレス。彼女が着てきたものではなく今のレオン同様罰ゲームの結果である。捕縛術披露すら惜しまないのは仲間を増やしたいがため。


「それにしても姐さん遅いですねー。ヴォネガさんも、大丈夫ッスかね?」


 窓の外を覗き込み心配そうな顔をするトマスだが、そんな彼も着ているのはフリフリレースのブラウスとスカートのためいまいち締まりがない。


「そうですね。でももう9時過ぎましたし、ヴォネガさんはもう少ししたら来ますよ。ちゃんと待つのは9時までって約束しましたし。ナディカさんもきっと来れますよ。――――正直、この騒ぎが収まるのは明け方入ってからでしょうし」


 すでに諦めたようにロドリグは乾いた笑いをこぼした。すでに両手の数以上重ねられた真剣勝負を全て真剣に取り組み勝ち抜いた彼はマリアンヌの魔の手からは逃れている。


トマス「姐さんに俺の勇姿をみせたいのに…」


「――――ですね。じゃあ、俺も楽しみます。マリアンヌさーん、協力しまーす」


「ナイスよトマス君! じゃ、そっち押さえて!! ミリーはこっち。リーちゃんはあっち」


「かしこまりました」


「兄上、ご容赦ください」


「てーめーえーらぁぁぁぁぁ!!!!」


「あはは……」


 シャンパンにはじまりワインが続き、皆すっかり出来上がっている。酒に強い面々はあまりいつもと変わらないように見えるが、楽しめるだけのテンションにはなっているようだ。


 ロドリグはトマスが持ってきた菓子パンをひとつ摘み上げ口に運ぶ。見上げた空にはきれいな星空が輝いていて、とても空気が冷えて澄んでいることが予測できた。


「……本当に、大丈夫ですよね? 2人とも」
 










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