ロドリグ回想編
若槻様より頂きました!!
こちらもマリアンヌ編と同様に水兵さんが主役だった頃の時間軸のお話です。
もう、ホントこんなアホ原作で申し訳ないですorz
でも、ありがとう!!!!
登場人物ミニ紹介
ロドリグ・エリオット
エリオットさん家の次男坊。おじいちゃん子。
今回、主役です。
深手の少年
弟にペース乱されっぱなし。
どうしてエリオット家の敷地にいたかはいずれ。
エドヴァルト・エリオット
ロドリグ祖父。
あの人です。
◇もくじ
◇序−第1話
◇第2話−第3話
◇第4話−終話
◇おまけ
◇序
もうずっと昔のこと。
『ねぇ、約束してくれますか? もし僕みたいに苦しんで困っている人がいたら、僕にしてくれたみたいに、助けてくれるって――――』
別れ際にその人が言った言葉が、ずっと心に残っていた。
ねぇ、僕はあなたとの約束守れましたよ?
いつか会えたら、その時の話聞いてくれるでしょうか。
最初に言いますから。
『約束、守りましたよ』 って――――。
◇第1話
『医学の名門エリオット家』
その肩書きはいつでも重くのしかかってきた。次男、という事はこの際問題ではなかっただろう。
単に兄があまりに出来が良かったから。比べられる毎日に、その重圧に耐えられなかっただけに過ぎない。
そんな中で出来たのは、逃げ出さず、ただ曖昧(あいまい)に笑っていることだけだった。
けれどそんなことでは駄目だと教えてくれた人がいる。あの人にあの時出会えた奇跡は決して忘れない。
それは、まだ子供の頃のこと――――。
* * *
緑に囲まれた別館。そこは敬愛する祖父母に与えられた屋敷だった。ロドリグは暇を見つけてはそこに訪れ祖父と話をする。
そしてその日もまた、勉強の合間を縫って祖父の屋敷を訪ねて行く最中だった。
その彼の足を止めたのは、茂みの向こうから聞こえてきた小さなうめき声。
怖くないわけではなかった。しかし彼の身の内に流れる医者としての血が、考えるより早く身体を動かす。
「誰かいるんですか――――?」
茂みを掻き分けながら、ロドリグは恐る恐ると声をかけた。しかし返答はない。ロドリグは少し足を止める。しかしすぐに首を振り、決心したように再度歩き出した。そして、どきどきしながら更に先に進んだその先で、思いもしなかった光景に息を呑むことになる。
「人……っ! あのっ、大丈夫ですか!?」
視線の先で倒れていたのはロドリグと同年代ほどの金の髪をしたヒトだった。その人物は、体中に傷を作り泥にまみれ、見るも無残な状態だった。
「傷が化膿しかけてる……早く手当てしないと」
そう思ったロドリグの行動は早かった。その細身の身体を背負うと、要らぬ振動がかからぬように細心の注意を払いながら、それでも急ぎ足で祖父の屋敷へと向かう。
(……この人、男性ですね)
背中に当たる感触でそう判断した。顔つきだけでは、どうも少女めいていて判断しかねていたのだ。まぁどちらにしても助けるので関係ないのだが。
「――――ふう。これで一安心、かな……?」
ミイラ男よろしく包帯でぐるぐる巻きになった少年を見下ろし、ロドリグは安堵の溜め息をつく。
そして優しい笑みを浮かべて少年の頭を軽く一撫ですると、すっかり泥だらけになってしまった布と水を持って部屋から出て行った。
広間に出るとすぐに、大きな椅子に腰をかけて本を読んでいた祖父・エドヴァルト(エド)が話してくる。
「ロドリグ、あの子は大丈夫かい?」
「はい。見た目よりは傷も深くありませんでしたし、化膿しかけていた箇所も二・三日消毒を続ければ」
続く言葉を笑顔に変えた孫に向けて、エドもまた優しく笑いかける。
「お前も随分慣れてきた。あの子の治療をしてるお前の手つきを見たらやることがないと心底安心したよ」
立派になったものだ。そう笑ってくれる祖父に、ロドリグは曖昧に笑い返すことしか出来なった。
果たして、祖父が言うほど自分はまともなのだろうか。兄ほど両親に期待されず、よくやったと声をかけられることもない自分に、価値などあるのだろうか。
泥水に映る自分の姿を見つめ、ロドリグは泣き笑いのような表情を浮かべる。祖父は、その姿を静かに見つめていた。
するとその時、隣の――少年の寝ている部屋から大きな物音がする。ロドリグは手にしていた桶を側の机の上に置きすぐに身を翻してそちらに引き返した。
部屋に入るとすぐに少年の姿が目に入った。どうやら目を覚ました瞬間の見慣れぬ景色に驚いたらしい。床に片膝を付いて周囲に警戒している。
ロドリグはその彼に駆け寄ると、優しく声をかけた。
「大丈夫ですか? さっき治療したばかりだからまだ寝ててください」
「――あの、ここは――――?」
少年が戸惑ったように尋ねてきた。声に剣呑な響きがないのは、現れたのが人畜無害そうな少年だからだろう。ロドリグはその前に両膝を揃えると柔らかく微笑みかける。そして、ゆっくりと分かりやすく、この場所と彼の状況、そして自分の素性を話した。
「そ、ですか……それはご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません。お礼をしたいんですけど、この通り。僕何も持ってないんです――――」
肩を竦めて両手を広げ、何も持っていないことの真実を強調する少年に、ロドリグは慌てて両手を振る。
「そんな! いいんですよ別に。傷付いて困っている人を助けるのが僕達医者の仕事なんですから。ね?」
宥めようとして告げた言葉に少年は思ったよりも反応を示した。驚いたように軽く目を見開き、信じられないものでも見るかのような顔をしたのだ。
それに戸惑ったロドリグに、少年は先と違って険のある声で責め立てるように言葉を紡ぐ。
「医者だから、暴利を貪(むさぼ)ろうとするんじゃないんですか? 医者にしか病人や怪我人を治せないからと足元を見て」
刃のような鋭さを映した蒼い双眸がロドリグを映し出す。が、次の瞬間それは驚きに緩み、代わりに戸惑いが前面に押し出された。無理もない。
少年の目の中で、ロドリグは泣いているのだから。
「あ、あの、君――――」
「――――すみません」
言い訳しようとした少年の声を、ロドリグの痛切な声が制する。少年はそれに押され続く言葉の全てを飲み込んでしまった。
「あなたの周りには、そんな医者しかいなかったんですね……僕、同じ医者を志す者として、恥ずかしいです――――本当にごめんなさい……っ」
言うや否や深く頭を下げたロドリグに少年も慌てた。両手でその頬を挟むと、ぐっと顔を上向けさせる。見た目に反する少年の力の強さとその行動に、ロドリグは目をぱちくりさせた。
「ごめんなさい。君はおうちに無断侵入していた僕をこうして助けてくれたのに。恥ずかしいことをしたのは僕でした。本当にごめんなさい。それと」
細い指がロドリグの頬を流れる涙をそっと掬う。
「助けてくれてありがとう。僕はアルドと申します」
名乗ると、アルドは男性にしておくにはもったいないほどの愛らしさで微笑んだ。その笑みに先程までの剣呑さが完全に消えたのを見て、ロドリグは嬉しそうに笑い返す。涙は、もう止まっていた。
「どういたしまして。それじゃあアルドさん、もう少し寝ていてくださいね。まだ動いちゃ駄目ですよ」
決して厳しくはないが逆らいがたいその指示に、アルドは苦笑すると、素直にベッドに戻る。それを見届けてから、ロドリグは再び部屋を出た。
最後にアルドが向けた、剣呑と安穏の入り混じった複雑な視線に気付くことなく―――― 。